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最高裁判所第二小法廷 昭和60年(行ツ)208号 判決

山口県徳山市楠木二丁目一五番三五号

上告人

前田電設株式会社

右代表者代表取締役

前田勇雄

右代理人支配人

谷村健一

右訴訟代理人弁護士

水野武夫

増市徹

飯村佳夫

田原睦夫

栗原良扶

尾崎雅俊

山口県徳山市今宿町二丁目三五番地

被上告人

徳山税務署長 兼定典夫

右当事者間の広島高等裁判所昭和五九年(行コ)第一号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和六〇年九月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水野武夫、同増市徹、同飯村佳夫、同田原睦夫、同栗原良扶、同尾崎雅俊の上告理由第一について

監査役及びいわゆる同族判定株主である役員は法人税法三五条二項の使用人兼務役員から除外されたものとした同法施行令七一条一項三号、四号の規定は、同法三五条五項括弧書きの委任の範囲を逸脱するものではないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二及び第三について

本件において上告会社の前田一男に対する監査役への選任行為が無効であるとはいえないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうか、又は原審の専権に属する事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 林藤之輔)

(昭和六〇年(行ツ)第二〇八号 上告人 前田電設株式会社)

上告代理人水野武夫、同増市徹、同飯村佳夫、同原田睦夫、同栗原良扶、同尾崎雅俊の上告理由

第一 原判決には、法人税法三五条及び同法施行令七一条の解釈及び適用を誤つた違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすぼすことは明らかである。

即ち、原判決は、「控訴人は、法人税法三五条五項括弧書きで、使用人兼務役員となれない役員の範囲を政令で定めることを委任したのは、社長、理事長と同等又はこれに準ずるもの(中略)に制限する趣旨であると主張しているが、そのように制限的に解すべきではない。」としたうえで、法人税法施行令七一条一項三号及び四号は、いずれも法人税法三五条五項括弧書きの委任の範囲を逸脱したものとはいえないと判示したが、この結論は、法令の誤つた解釈に基づくものである。以下、そのことを明らかにする。

一 法人税法三五条一項の趣旨について

法人税法三五条一項は、「内国法人がその役員に対して支給する賞与の額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と規定し、役員賞与が損金に算入されないことを定めているが、本条項の立法趣旨としては、以下の事由が挙げられる。

(1) 役員賞与は、株主、出資者に帰属すべき利益のうちから、これらの者の意思により支給される謝礼金であり、したがつて費用とみるべき性質の支給金にはあたらないこと

(2) 役員賞与は、役員があげた業績に対する報償として利益金額のうちから支給するものであること

(3) 株主、出資者の自由裁量による支出金であり、従つて事業の遂行上必要な費用とはいえないこと

要するに、役員賞与は株主から役員に対する法人利益の分配であり、法人利益を得るための必要経費とはいえないという、役員賞与の利益処分性、非費用性をもつて、法人税法三五条一項の立法趣旨とされるのであり、この点については判例上も学説上もほとんど異論をみないところである(この趣旨を述べた判例として、東京地裁昭和五五年九月二五日判決(税務訴訟資料一一四号八〇〇頁)、大分地裁昭和五八年三月一四判決(同一二九号五一七頁)。また、右の理由以外に役員賞与の損金算入を否定すべき合理的理由は、これを見出すことができないのである。

そして、法人税法三五条一項の立法趣旨が右のとおりである以上、これを補完する同条二項以下の規定についても右趣旨に即した解釈がなされるべきことは当然である。

二 法人税法三五条二項の趣旨について

(一) わが国の法人の実際においては、代表権を持たない平取締役等の役員でありながら純然たる役員とは異質の者、すなわち、使用人の職務を兼任する役員や名目上は役員でありながら実質上は使用人としての職務に専従している者が多数存在している。これらの者に対して支給される賞与は、名目は役員賞与であつても、実質上使用人としての職務に対する対価たる意味を有し、従つて使用人に対する賞与と同じく、費用性を有する場合が多い。しかるに、このような賞与に対して、法人税法三五条一項をそのまま適用し、その損金算入を認めないとすることは、役員賞与が利益処分たる性質を有しているが故に損金算入を認めていないという同条項の立法趣旨に照らすと、全く不合理である。前述のとおり、役員賞与の損金算入を否定する理由としては、右の利益処分性ということ以外に何ら合理的理由は見出せないのであるから、利益処分たる性質を有しない役員賞与についてこれを損金に算入することを認めず、課税の対象として扱うことは、何ら合理的な理由なくして、本来損金となるべき支出に対して納税義務を課すこととなる。

(二) そこで、法人税法三五条二項は、役員賞与であつても、それが使用人としての職務に対する賞与であつて、法人の利益獲得のために当然支出すべき必要経費として費用性を有する場合には、当該賞与を損金に算入することができるものとした。これが同条項の立法趣旨なのであり、同条項は役員に対する賞与であつても、使用人としての職務の対価として支給される場合が多数存在するという実態をふまえた規定なのである。そして、こう解することによつてこそ、三五条一項の前記趣旨とも合致し、三五条全体を統一的に把握することが可能となる。

要するに、三五条は、全体として、「役員賞与」なる名目の下に支出された金員が費用性を有するのか、利益処分性を有するのかというその性質によつて損金算入の可否を決定するという趣旨に基づいて定められた規定であり、従つて、同条の解釈に際してはあくまでも右趣旨に合致するよう解釈されるべきなのである。

三 法人税法三五条五項の趣旨について

(一) 以上述べたことは、法人税法三五条五項の解釈においてもそのままあてはまることであり、役員賞与のうち損金に算入されないのは、利益処分性を有するものに限るべきであるという趣旨に即した解釈がなされるべきである。

(二) 法人税法三五条五項はその括弧書きにおいて「社長、理事長」を使用人兼務役員となりうる役員から除外しているが、この除外した理由についても、前記の趣旨に合致するよう、次のとおり解すべきである。すなわち、社長、理事長のように、法人の代表権を有し、具体的な法人業務の執行を担当している役員は、その職務の性質上使用人となり得ないし、使用人の行うべき職務を遂行してもそれは使用人としての職務の遂行とはみなし得ない。けだし、かような職務の執行はそれ自体役員の業務執行とみられるからである。このように社長、理事長は使用人性を兼有することがあり得ないため、この者に対する賞与が費用性を有することもまたあり得ないのであり、したがつてこれらの者は使用人兼務役員から除外されているのである。

(三) さらに、法人税法三五条五項括弧書きは、社長、理事長の他に「その他政令で定めるもの」を掲げて、使用人兼務役員になり得ない役員の範囲を定めることを政令に委任しているが、法律において社長、理事長が使用人兼務役員から除外されている理由が右のとおりであるならば、政令に委任されている者の範囲についても右の趣旨に準じ、法人の代表権又は表見代表権を有し、その者の職務の執行が使用人としての職務執行とされることがあり得ず、従つて、その者に対する賞与が費用性を有しない者に限られる、としなければならない。もし、仮に、実際問題として使用人としての職務執行することができるにもかかわらず、他の政策的見地から使用人兼務役員とするに不適当な者があつたとしても、その者に対する賞与を損金に算入することを否定するためには、それは法律において別個に規定される必要がある。これを本条項の委任にもとづく政令で規定することを認めるならば、行政官庁が使用人兼務役員としてふさわしくないと認める役員はすべて使用人兼務役員から除外されうることとなり、白紙委任により政令において新たに課税対象を創設する結果を招来することになるのであつて、このようなことは委任の範囲を逸脱し、租税法律主義に反するものとして許されないと解すべきである(同旨 北野弘久「税法学の基本問題」(成文堂)一二一頁、新井隆一「税法の原理と解釈」(早稲田大学出版部)六二頁、太田全彦「同族判定株主の範囲」(シユトイエル一〇七号一七頁)。

四 法人税法施行令七一条三号及び同四号の規定が法律の委任の範囲を逸脱した違法・無効な規定であることについて法人税法三五条括弧書きで政令への委任がなされた趣旨が前述のとおりである以上、同法施行令七一条三号及び同四号がいずれもその委任の範囲を超えたものとして、違法・無効であることは明らかである。

(一) 法人税法施行令七一条三号は、監査役を使用人兼務役員となりえない役員として規定している。

しかしながら、監査役は、社長・理事長とは異なり、代表権、業務執行権を有しないし、名目的監査役が会社との間で雇傭契約を結び、使用人としての職務に従事することは、十分可能である。

商法二七六条は、監査役の使用人兼務を禁じているから、監査役が使用人となることは法的には認められない。しかし、右規定に反して、監査役が使用人の職務に従事する例は、現実には往々に見られるところである。そして、監査役が使用人としての職務を遂行した場合、これを監査役の業務を行つたものとみることは不可能である。すなわち、事実問題として、監査役が使用人としての職務に従事した事実そのものを否定することは決してできない。そして、課税の有無は、右事実にもとづいて、決せられるべきは当然のことである。

以上のとおり、監査役が使用人としての職務に従事することが可能であり、従つて、この者に対する賞与が費用性を有することが十分考えられる以上、監査役は、社長、理事長のように事実問題として使用人性を兼有しえない者とは明らかに異なるのであり、従つて監査役を一律に使用人兼務役員から除外することは明らかに前記の委任の範囲を超えていると言わねばならない。

原判決は、監査役が法律上使用人を兼務しえないことのみを理由として、同号の規定が法律の委任の範囲を超えたものとすることはできないと断じているが、これは、前記のとおりの法の趣旨を正解しないものであり、法令の解釈を誤るものと言わねばならない。

(二) 法人税法施行令七一条四号は 同族会社における同族判定株主たる役員を使用人兼務役員から除外している。しかしながら、これらの者が社長や理事長と同等のものと見ることは不可能である。

同族判定株主たる役員は、同族判定株主であるが故に代表権や表見代表権を有するものではないし、業務執行権を有するものではない。業務執行権を有する社長が、業務執行の補助者たる使用人の地位を兼ねることができないのに反し、同族判定株主たる役員が社長の業務執行を補助する使用人の地位に就くことは何ら差し支えない。そして、その使用人としての職務に対して賞与が支給されれば、それは当然に経費性を有するのである。

原判決は、同族判定株主が自己及びその同族関係者の持株を通して、会社経営に支配権を及ぼし得る立場にあることを理由として、同族判定株主の使用人兼務役員からの除外を合法とする。しかし、これは同族判定株主が、単に会社の経営に影響力を持つ可能性があるというにすぎないのである。現実には、このような影響力を有していない者も数多く存在し、現に本件における訴外前田初世、同前田邦夫の両名も何ら会社に対する支配権を有していなかつた。これら同族判定株主は、現に会社経営を支配している社長等とは本質的に異なるのであり、これを一律に使用人兼務役員から除外してしまうことは、明らかに法の委任の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。

また、原判決は、「法人税課税の公平を図る見地から」本号の規定は首肯しうる旨判示しているけれども、畢竟これは、別個の政策的見地を理由として掲げているにすぎず、このような理由で本来損金たるべきものの損金算入を否定しようとすればそれは新たな法律の規定によるべきなのであつて、法人税法三五条括孤書きの委任に基づいて、かような趣旨の規定を政令で定めることは不可能と言わねばならない。

五 結論

以上のとおり、法人税法施行令七一条三号、四号はいずれも法律の委任の範囲を逸脱した違法・無効な規定であり、原判決がこれを合法であると解釈したうえで、本件に適用したのは、明らかに法令違背である。

第二 原判決には、法人税法二条一五号、同法三五条一項の解釈及び適用を誤つた違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 上告人は、原審において、訴外前田一男を監査役に選任した行為は無効な行為であり、同人は本件係争年度当時、そもそも監査役の地位になかつたから、同人に対する賞与は使用人賞与として損金に算入されるべきであると主張した。選任を無効とする理由は以下のとおりである。(一)

(一) 商法二七六条(有限会社法三四条一項により、有限会社にも準用)は、監査役が会社の取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることを禁じている。これは、監査役の独立性及び監査の公正を確保する趣旨で設けられた規定である。

(二) 右規定に反して、監査役が取締役や使用人を兼務した場合の効果については、右の立法趣旨に即して次のとおり解するのが一般である。

(1) 取締役または使用人が監査役に、またこれとは反対に、監査役がその会社の取締役または使用人に選任、任命されたときは、それぞれ現在の地位を辞任することを停止条件として、その効力を認めるべきである。

(2) 但し、その選任、任命行為の内容が明らかに従前の地位と新たな地位とを重ねさせる意図でなされた場合には、その選任決議、任命行為は無効と解さざるを得ない(商事法務研究会編「新版監査役ハンドブック」一〇三頁以下、(菅原菊志執筆)及び、水野隆昭「会社役員の禁任禁止について」商事法務七四四号二二頁以下等参照)。

(三) 訴外前田一男は、明らかに従来からの使用人たる地位と兼務させる意図のもとに監査役に選任された。

二 これに対し、原判決は、使用人と兼務させる意図のもとに監査役に選任された場合その選任行為は無効であるとの点については上告人の主張を排斥しなかつたが、結論については次のように述べて上告人の主張を排斥した。「・・・使用人の地位を保持させたままで監査役に就任させるべく監査役に選任したことで、その選任が無効とされる場合であつても、現実に監査役の肩書のある者に対して賞与が支給されている以上、法人所得の計算上監査役に対する賞与と評価するのが相当である。」

三 しかしながら、右は明らかに法令の解釈を誤つたものである。即ち、法人税法上、役員とは、法人の取締役、監査役、理事及び清算人並びにこれら以外の者で法人の経営に従事している者のうち政令で定めるものをいうとされている(同法二条、五号)。而して、ここにいう監査役とは、他に税法上何ら特別の定義規定が置かれていない以上、私法上の監査役の定義に従うと解するほかない。

私法上の解釈論においては、ある者が監査役であると言い得るためには、その者が有効に監査役に選任されていることが必須の要件なのであり、選任行為が無効である場合には、その者は当初に遡つて監査役でなくなるとされている(鈴木竹雄 新版会社法一三六頁等)。かつ、この結論は、その者が監査役として登記されていると否とによつて何ら影響を受けない。

従つて、監査役として選任された者につき、その選任行為が無効である場合には、税法上も、その者は監査役ではないことになるのは、当然の帰結である。

四 然るに、原判決は、前記のとおり、選任が無効とされる場合でも監査役の「肩書」さえあれば、その者に対する賞与は監査役に対する賞与になると判示しているのであつて、右判示が法人税法二条一五号及び三五条一項をいかように解釈しても導き出せないものであることは、前述のところに照らし明らかである。選任が無効とされた監査役が法人税法上の監査役となりえない以上、その者に対する賞与をもって法人所得の計算上監査役に対することを肯認しうべき理由は全くないからである。

第三 原判決には、訴外前田一男につき、その監査役としての選任が有効であつたとの結論を導くについて、理由不備ないし審理不尽の違法がある。

一 原判決は、前段で引用したところに続けて付加的に、訴外前田一男の監査役への選任行為の有効性に判断を加えているが、その判断過程を見るに、まず

〈1〉 上告会社においては少くとも一名の監査役が必要とされていたこと

〈2〉 上告会社では、設立以来本件係争最終年度に至るまで、監査役に選任されたのは訴外前田一男ただ一人であつたこと

の二つの事実を認定し、これらの事実のみから直ちに

〈3〉 訴外前田一男の選任については、使用人を兼務させる意図ではなかつた

との事実を推認し、従つて、監査役の選任は有効であつたと解するのが相当であると判示している。

二 しかし、右〈1〉及び〈2〉の事実から、〈3〉の事実を推認する判断過程においては、一般人をして納得せしめるに足る理由は何ら付されていない。この判断過程についての原判決の判示をそのまま引用すると、「もし訴外一男に使用人を兼務させる意図のもとに監査役を選任したことによつて、その選任が無効であるとすれば、控訴人は有限会社として設立されて以後監査役を欠いていたことになるから、このような場合には監査役の欠缺という事態を避ける意味でも、使用人を兼務させる意図であつたとみるのは相当でな」い、とのことであるが、右は、合理的な推論の体をなしていない。

使用人を兼務させる意図であつたか否かということは一の事実問題であり、これが法律要件となつて選任行為の有効又は無効ひいては監査役の欠缺という効果が発生するのである。そして、法律要件事実は、それによつて生ずる効果の如何とは無関係に、これに先立つて存在するものである。従つて、選任の効力如何によつて生ずる結果から、兼務の意図という要件事実の有無を認定することは論理法則上不可能な本末顛倒の議論と言わねばならない。

原判決の推論過程は、たとえば、土地売買契約において、売主に錯誤があつたか否かの点が問題となつている場合に、もし錯誤が認められて売買契約が無効になると、既に買主から当該土地を買い受けていた転得者が甚大な被害を被ることを指摘し、他には何らの審理も尽さぬまま「本件土地売買契約を無効とすることによつて生ずる、土地転得者が保護されないという事態を避ける意味でも、売主に錯誤があつたとみるのは相当でない」と事実認定する論法と全く同一であり、結局、何ら理由を付さずに使用人兼務の意図の有無について判断を加えていると言うほかないのである。

三 上告人は原審において右の兼務の意図のあつたことを立証するため、上告会社代表者本人尋問を請求したが、原審は、これを採用しないまま、右のとおりの判示をなすに至つたものであり、原判決に審理不尽ないし理由不備の違法あることは明らかである。

以上

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